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ビットコイン誕生と普及の背景-波乱万丈のビットコイン幼少期

話題のビットコインが誕生して9年目に入った。
当初は、最近の様な高価格ではなく、利用価値もほとんどなかったビットコインがどのように生まれ、何回も価格の乱高下を経ながら成長し続けた過程は、今後のビットコインの値動きやその他の仮想通貨の未来を占う参考にもなるのではないだろうか。
初期のビットコインと、開発の背景や価格の推移などの概略を紹介したい。

ビットコイン以前の仮想通貨の試み

仮想通貨は、「暗号通貨」とも言われるほど暗号技術が中心的な要素となっている。
仮想通貨の基本的なセキュリティを確保し、セキュアな通貨としての位置を保証するために欠かせないのが暗号技術だった。

ビットコインの基礎となる暗号技術の考え方は、暗号学者・暗号技術者で、国際暗号学会のフェローでもあるデヴィット・チャウムが中心となって1990年代に設立されたサイファーパンク(cypherpunk)における試みだった。

現在確認できる当初メンバーはプログラマー等を中心とした10名以下で、主に金融取引のプライバシー保護、契約取引の簡素化・高速化などを目的として新しい金融の形を模索する「デジキャッシュ」チームが様々な実験的考察を行っていた様だ。
その後、ハッシュキャッシュ(Hashcash)やビットゴールド(Bitgold)【※1】などの先駆的通貨も発表されたが、仮想通貨として確立したものはなかった。
【※1】1990年代デジキャッシュチームのNick Szaboによる実験的通貨アイデア。

ビットコインの誕生

ビットコイン以前にも、上記を含め100種類に近い仮想通貨の試みがあった。
だが、ビットコインの様に成功した仮想通貨はなかった。
様々な理由があると言われているが、ビットコイン成功の大きな要素がブロックチェーンによる堅固なセキュリティ保証だろう。
これは、簡単に言えば、存在するビットコインの流通等をすべて記録した「ビットコインの取引記録(台帳)」の相互チェック・保証システムと言える。

ビットコインは初期登録後、取引によって送信され所有者変更の履歴がブロックチェーンに記録される仕組みで、追加され更新されたブロックチェーンの履歴が検証できることが、ビットコインの信頼性を支えている。
ブロックチェーンの内容は取引の都度書き換えられ、約10分に一回まとめられる最大1メガバイトの各ブロック(約4000件の取引データを格納)が作成され、全体の総計データサイズは150ギガバイト近くに達した模様だ。
ただ、問題は初期の最大ブロックサイズ36メガバイトから、2010年にハッカー対策等で縮小された1ブロックというブロックサイズの容量で、取引の迅速化の要請などから、ブロックサイズ拡張は設計上の議論や改修争点の一つとなっている。

ビットコインの技術と特徴

ビットコインは、それまでの多くの仮想通貨で成功しなかった「中央集権的」台帳管理システムは採用せず、ウェブ上の合意形成で、分散型の元帳技術の透明性と信ぴょう性を維持している点で、実用性のある仮想通貨としては初めてのケースとなった。

ブロックチェーンによる分散管理型のシステは、取引データを複数のコンピュータ(基本的にマイナー所有のコンピュータ)で分散管理し、仮に管理コンピュータの一部消滅あるいはデータ改ざんされても、真正なデータを保持するコンピュータが多数派として存在すれば、不正データ判別や、データ復旧を自動的に行える。多数決で正しいデータを見分けるシステムだ。(完成後も51%で決まる多数決=多数派維持については新規マイナーらとの危機もあった)

謎のサトシ・ナカモトとビットコイン

独創的なビットコインの技術的アイデアを生み出したサトシ・ナカモト(中本哲史)については、ほとんどわかっていない。

2008年にハッシュ関数に関連した暗号理論とビットコインの論文をネット上に発表し始め、翌年からビットコインソフトと最初の「マイニング(採掘、仮想通貨の発行作業)」を実施した人物で、ビットコインの運用は彼から始まっている。(ナカモトはビットコインを100万ビットコイン程度発行(所有)と推測されており、直近で1兆円を越える額だ)

この人物が誰であるかはビットコインの現状、今後には直接関係ないが、その自由な通貨に対する考え方はビットコインの基礎と密接なつながりがあるので少し紹介したい。
「私は、第三者金融機関を全く介入させない新しい電子預金システムを考えた」(I‘ve been working on a new electronic cash sistem that is fully peer,with no trusted third party.)というメールが残っており、彼の自由な金融システムへの思いがどのメールにも感じられる。

ビットコイン創設初期には、ビットコインの最初の送金を協力者に送るなど、積極的に普及に関与していたサトシ・ナカモトは、2010年10月頃のウィキリークスに係るCIA等の捜査に関連したビットコイン関係者への聴取が始まった時点で、その姿はネットを通じた知人の前からも完全に消滅した。
やり取りのメール中に、「自分はCC++(プログラム言語)が好きだ」などと述べていたことから、おそらく日系のコンピュータプログラマーだろうと推測されているが、初期には技術的問題などで頻繁にやり取りされていたメールなども含め、2010年暮れ以降はその痕跡が全く残っていない。

前述のサイファーパンクに参加していたのだろうと言われたが、関係者への聴取ではすべて「自分ではない」と否定しており、一人あるいは複数の「サトシ」はビットコインにまつわる大きな謎となっている。(サトシの名前は、ビットコインの最小単位:1satoshiにも残されている)

ビットコイン誕生の思想的背景

初期のビットコインはハッカー理論に基礎を置く反権力者的なエンジニアが、暗号技術利用で社会的な変革を目指したものだ。
自由を重んじるリバタリアニズムという思想を持った人々、リバタリアンと呼ばれるこうした反権力的エンジニアの多くは、サトシ・ナカモトの言葉に代表される「自由を重んじ、国や企業等の中央権力の統制を嫌う」志向を持っている。
自由な市場で株式公開する企業以上に、特別に国家は個人や企業から税金で資金を調達しているとして、原理主義的なリバタリアンの排除目標となっている。

ブロックチェーンの自律分散型のネットワークにおいて国家的な中央管理者(中央銀行)が不要となり、中央銀行の通貨発行権は仮想通貨普及後の社会には不要となる可能性がある。
一部のリバタリアンには、この改革推進で、国家権力そのものさえ不要になると言う現代版アナーキズム的な考えもある。

全てに共通するのは、中央集権的銀行の金融統治システムに疑念を抱き、「理想のシステムを自分たちで作りたい」という理想だ。
単に新しい技術というだけでなくて、暗号技術による通貨システムの構築で、国家に拘束されずに世界中で自由に取引できる世界観への志向が根底にある様だ。

ビットコインの普及初期の動き

今では非中央集権的な通貨の代名詞となっているビットコインだが、誕生初期に実際に現在の様に使用されると考えた人々は少なかったようだ。

最初の取引(送金)後に、フロリダでピザ2枚が2万BTCで購入できたことは、ビットコイン取引にとっては象徴的な出来事だったが、実際に普及の契機となったのは、取引所「シルクロード」での商取引拡大だった。

一時的に大きな値下がりやキプロス危機での高騰もあったが、2011年1月にビットコインの商品販売サイトでもあるシルクロードが設立された時点の1BTC=0.32ドルから、価格が上昇し始め、2013年半ばから加速した価格上昇で11月末には1,200ドルまで4,000倍という急騰を見せた。
この原因については、シルクロードで麻薬や違法ドラッグが秘密裏に取引できた事実をビットコイン財団等の関係者も認めている。

こうした非社会的商取引が正しい行為とは関係者も考えていなかったが、ビットコイン普及にとっての必要悪だったとの思いが支配的なのは、関係者にリバタリアンが多いことも理由の一つだろう。
だが、非中央主権的な通貨としてのビットコインは、通貨認定や取引所の活性化により、いずれ近いうちに新しい価値が認められてゆくだろうと楽観的な希望は、すぐに裏切られる。

ビットコイン創設初期の事象と取引価格

BTC価格(ドル) 摘要 倍率
2009 1 3 ビットコイン誕生  
2010 2 6 最初の取引  
5 22 不明 ピザ2枚1万BTC(フロリダ)  
9 12 0.08 価格が10倍になる 10.0
2011 1 1 0.32 シルクロード創設 40.0
3 6 0.88   110.0
4 23 1.70 BTC=1ユーロになる 212.5
4 24 1.63   203.8
6 2 10.00   1,250.0
2012 4     サトシダイズ開設  
5 8 5.50 取引の5割はサトシダイズ 687.5
9 27 12.31 ビットコイン財団設立 1,538.8
2013 2 22 30.26   3,782.5
3 21 75.00   9,375.0
3 28 86.18 BTCの時価10億ドル 10,772.5
5 1 122.89 ビットインスタント150万ドル 15,361.3
8 9 93.36 ブルームバーグ銘柄登録 11,670.0
8 26 97.13 通貨認定の判決 12,141.3
11 2 200.00   25,000.0
11 17 500.00 シルクロードでの麻薬

違法ドラッグ取引疑惑

62,500.0
11 25 778.68 97,335.0
11 27 1200.00   150,000.0
12 5 700.00 中国政府の規制 87,500.0
2014 1     ビットライセンス導入公聴会 導入は15年
2   600.00 マウントゴックス破城  
2018 1   10000.00 (参考:最近の価格)  

(BTC取引価格は『映画ビットコイン』の数値を使用)

2014年1月にビットコイン規制の動きが始まった。
消費者保護の観点から、ビットコイン取引業者や商行為に一定のルールを法制化しようと言う米国金融当局の意向は、取り扱い事業者に「ビットライセンス」取得を義務付ける法案となって現実化する。

法制化に先立った公聴会では、ビットコインの自由な通貨としての価値をあくまで主張する開発者側に対し、それまでビットコインの普及に大きな役割を果たしてきたウィンクルボス兄弟などは、ある程度のルールつくりは消費者保護の観点から重要だと述べ、ビットコイン創立時の思想とは異なる見解を表明した。
結局、ビットライセンスという当局のお墨付きが米国でのビットコイン事業遂行には必要と意見が大勢を占めた。(ビットライセンスはNY州で2015年に実施された)

公聴会では、違法取引が規制の主因だと言う見方から、シルクロードの営業が問題視され、開催前日にビットコイン現金化を行う「ビットインスタント社」CEOのチャーリー・シュレムが、違法取引の援助となる事を知りながら換金営業したという罪状で逮捕され(資金洗浄法等で20年の刑・服役中)、下落傾向だったビットコイン価格はさらに下落した。
最初に下落を引き起こしたきっかけは、中国政府の「金融機関のビットコイン規制」と取引所の営業自粛だった。

中国政府は、2013年12月5日に、金融機関によるビットコイン取り扱いの禁止を発表し、民間の中国取引所も一時サービスを中止(自粛)し、大きくビットコイン価格が下がり始めていた。
この下落傾向を決定づけたのが、ビットコイン取引所「マウントゴックス社」の破綻だった。

マウントゴックスは、2010年からビットコインの取引所の活動を行い、当時、世界最大級の取引量だったが、2014年2月に取引を停止し、75万BTCの消失と数十億円の負債を抱えて経営破たんした。(現在一部債権者らによる民事再生手続き申請中)

当時のレートでも500億円近いビットコインが消滅した破綻の原因は、創業者からマウントゴックスを買い取ったビットコイン財団の取締役でもあったM・カルプレスが、「コンピュータ技術者としては、高度化する仮想通貨技術の攻撃に弱かったせいだ」、「売却前からワナが仕込んであった」、「会計監査人や内部技術者のハッキングだ」など様々な噂もあったが、カルプレス社長以外に取引所の秘密鍵を知りえないと考えられ、社長横領説が有力だ。

犯人捜しはさておき、時価数百億円のビットコイン消失により同社は破たんし、このニュースによりビットコインの信用性不安が広がった。
当時は、前年秋の中国政府の規制で、日本円で123,000円を越えていた史上最高値から3分の1近くまで低下したところで、マウントゴックス破たんによりビットコイン価格はさらに下落し、2015年半ばには2万円近くまで下落していった。(その後、マイニングに関する混乱などもあった)

マウントゴックス社の破綻は、1取引所の破綻であり、ビットコイン自体のセキュリティや技術の問題点ではないと思われたにもかかわらず、この事件によりビットコインの価格は低迷し、ビットコイン初期の上昇波動はこの時期で終了したと言われる。

2016年後半に始まるビットコイン人気再来までには、約2年の時間が必要だった。
これらのビットコイン誕生初期に起こったいくつかの事件は、今後のビットコインの普及や最近の各国の規制報道による急落などについて、価格変動時の考え方や投資スタンス、対処方法等にも大きな示唆を与えてくれる象徴的な出来事ではないだろうか。

このコラムの執筆者

和気 厚至
和気 厚至

慶應義塾大学卒業後、損害共済・民間損保で長年勤務し、資金運用担当者や決済責任者等で10年以上数百億円に及ぶ法人資産の単独資金運用(最終決裁)等を行っていた。現在は、ゲームシナリオ作成や、生命科学研究、バンド活動、天体観測、登山等の趣味を行いつつ、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れた株式・為替・債券・仮想通貨等での資産運用を行い、日々実益を出している。


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