木下威征

【最上天晴のマネーぶっちゃけトーク】第二回 木下威征シェフ

連載マネーぶっちゃけトーク

まねーぶディレクター最上天晴が、あんな人やこんな人の<お金>にまつわる本音にとことん迫る、直撃インタビュー! 

今回登場するのはオーナーシェフ・木下威征(きのした たけまさ)さん。
卓越したセンスと実力で多くのファンを持つ凄腕の料理人であり、「AU GAMIN DE TOKIO(オー・ギャマン・ド・トキオ)」をはじめとするGAMINブランドで都心部を中心に飲食事業を手がける一方、宮古島でホテル事業を展開する経営者でもある。

木下シェフの波乱万丈の人生において、<お金>はどんな意味を持ってきたのか。
最初に自力で稼いだお金のことから、お金と人との関係にまつわる哲学まで、ぶっちゃけてもらいます! 

コロナ禍でも得られた貴重なものがある

最上天晴
最上天晴
2020年は沖縄に「宮古島グラン ブルー ギャマン」という、5室限定プール付きの本格的ヴィラをオープンされて、直後にコロナ騒動に見舞われたかと思います。対応としては、やはりご苦労されたのでしょうか。
木下威征
木下威征
もちろん。だって最初から大ピンチですからね(苦笑)。都内の飲食も、モロにダメージを食らってしまいましたし。でも今は工夫をしながらどうにか営業も再開できていますし、あまり後ろ向きに捉えないように意識しています。大変だとばかり嘆いていても、何も生まれないわけで。
最上天晴
最上天晴
特に飲食や接客に関連する業種では、大変じゃないところを探す方が難しい状況でした。
木下威征
木下威征
今の自分たちに何ができるか、従業員やスタッフを守るためにどう自分が動くか。かなり早い段階からそれを考え、行動していました。まずは向こう1年ぶんくらいの財源をとりあえず確保した。
最上天晴
最上天晴
おおお。素晴らしい。
木下威征
木下威征
僕は現在、宮古島と東京の2つの拠点を行き来しながら仕事をしていますが、自分が宮古島にいたままでも、遠隔でもちゃんと動いてくれるスタッフがいた。それは本当に大きな財産なんだな、と改めて思い知りました。
最上天晴
最上天晴
今、社員やスタッフさんは総勢でどのくらいおられるのですか。
木下威征
木下威征
社員だけでも50人、外注など含めると80人くらいでしょうか。彼らの子どもや奥さん、家族などを考えると、もう何百人の生活を支えなければならないわけです。
だからまず、社長の自分の給料をストップしました。その上で、彼らを可能な限り支えながら、経営を回していける方法、できることを探して。
最上天晴
最上天晴
デリバリーやテイクアウト対応などもそうですね。
木下威征
木下威征
そうすると、東京チームがデリバリーなどで頑張ってるのに、宮古島でも何かできることはないですかね、とスタッフが相談してくる。
素人集団なのに「シェフ、カメラ1台買ってください。料理教室の動画を作ってみましょう」ってアイデアなども出してくるんですよね。
わからないから得意な人に連絡して、課金システムなどまで考えてくれたり。
最上天晴
最上天晴
木下シェフの背中を見ているからこそ、自分たちも何か動きたい、と思うのでしょう。
木下威征
木下威征
僕がテレビに出ると公式HPへ2万アクセスは増えるとか、さらに調べるとどうやらコアなファンは1000人以上いるとか探ってくれて。
まずその人たち向けにオンラインサロン的な仕組みを作り、月額800円で週に1回、料理の動画をアップするといった取り組みをスタートしたりもしましたね。
最上天晴
最上天晴
なるほど。緊急対応の財源を確保しつつ、一方では既存の方法に頼らない売上の立て方を探っていったのですね。
木下威征
木下威征
ホテルのフロントの女の子がアシスタント役になって、エステティシャンがカメラを回す、という状態での動画制作でしたけど(苦笑)。
でもそれぞれが、自分から手を上げて、何かできることをやりましょうって提案してくれるのは素直に嬉しかったですね。
最上天晴
最上天晴
アイデアをすぐ実行できる即決力、行動力はとてもうらやましいです。
木下威征
木下威征
今回のコロナ騒ぎの不幸中の幸いというか、得られたものもちゃんとある、ということですね。ここを乗り越えさえすれば、後で笑えるような、きっと良い経験になるはず、という思いで取り組んでいました。
とにかく乗り越える、しかも雇い止めとかでコストカットするんじゃなく、全員で乗り越える、そういう思いでした。
最上天晴
最上天晴
よく、良い組織というのは、トップが命じなくてもボトムアップでそれぞれが有機的に動く、といいますが、まさにそんな印象ですね。

初めてのバイト代から辻調理師専門学校に入学するまで

最上天晴
最上天晴
先ほど、まず自分の給与を止めたと話しておられましたが、ちなみにコロナ以前の木下さんの給与はいくらぐらいの金額だったんですか。
木下威征
木下威征
月給は100万円です。経費も認められますし、それだけあれば充分なんです。自分の給料に回すより、社員たちに役立てばそれでいい。
だから『twitterレシピ』など本を出したときの印税や、テレビ出演の報酬などは基本的に会社に入る形になっています。
最上天晴
最上天晴
すると、これまでの最高月収というのは。
木下威征
木下威征
それこそ印税がドカンとまとめて入ってきて、いきなり3000万円くらいになった月がありましたけどね。その月だけのことです(苦笑)。
最上天晴
最上天晴
では、最初に自力で稼いだお金のことを教えてください。
木下威征
木下威征
小学校5年生の頃ですね。とある名門リトルリーグで野球やっていたんですが、アルバイトとして、もっと低学年の試合の審判をやらないかと。1日5000円もらえるというんで、僕と相方のキャッチャーのやつとで、1塁と3塁の塁審やりました。まあ、帰りのゲーセンで使い切りましたけどね(笑)。
最上天晴
最上天晴
ピッチャーだったんですね?
木下威征
木下威征
当時はまあ自分でいうのもアレですが、スポーツ万能だし勉強も優秀で、いわゆるクラスのリーダー。そういう小学生でした。で、中学に入ると見事に不良になっちゃうんですね(苦笑)。
最上天晴
最上天晴
だんだん悪い人たちと遊ぶようになって。
木下威征
木下威征
高校ではガソリンスタンドでバイトしてました。当時は周囲がみんな暴走族だったんで、地元の先輩がいて、エンジンもいじれるので。
暇な時間はピットで好きなようにクルマをいじってましたね。元気が良かったせいか、店長にも気に入られて、チームリーダー的な存在で時給も上げてもらったり。
最上天晴
最上天晴
どこでも自然とリーダーになってしまうのですね。
木下威征
木下威征
高校2年くらいで暴走族のトップになっちゃってました(苦笑)。当時メンバーはかなりの人数でしたね。
最上天晴
最上天晴
えええ。巨大チームじゃないですか。
木下威征
木下威征
変な話ですけど、明日みんな1万円ずつ持ってきて、といえば4ケタ万円集まる規模です。
幹部連中はみんな僕の幼なじみですし、下のメンバーが働いたバイト代から2割くらいずつ徴収して、そのお金でみんなで旅行に行ったり、クルマを買ったり。
最上天晴
最上天晴
ちょっとした人材派遣会社みたいですね(苦笑)。

木下威征
木下威征
でも当時はまったく家族のこととか考えてなくて、1年くらい家に帰ってない。そんなときに捕まって、少年院に入って。しばらくして母が面会に来た姿は忘れられません。
10円ハゲみたいなのをいくつも作ってて、いろんな人に謝ってる。その姿を見て、もう悲しませちゃいけないなと。
最上天晴
最上天晴
それが転機になったんですね。
木下威征
木下威征
少年院に、辻調(辻調理師専門学校)を卒業した先輩が講演に来たことがあったんです。感動して手紙を書いたら、わざわざ面会に来てくれて。
差し入れてくれた中に料理の本がありました。
最上天晴
最上天晴
手紙を書く、ということは、すでに何か予感みたいなものがあったんでしょうか。
木下威征
木下威征
かもしれません。それまで正直、料理に興味は全然なかったので。差し入れてもらった料理の専門誌の最後のページに、フランス留学制度が書かれた辻調フランス校の広告ページがあってですね。自分と同い年くらいの若者が、良い笑顔で写ってるわけですよ。自分の知ってる世界とは明らかに違う。
最上天晴
最上天晴
料理人という道があるのか、と思われたわけですね。
木下威征
木下威征
料理人として腕で勝負するっていうのも格好いいな、と単純に思いました。少年院を出ても、僕は意志も弱いし、みんなが迎えに来たら楽だから元の環境に戻っちゃうかもしれない。
そこから無理やりにでも離れないと、という考えでもありました。でも入学金や学費なんかが2年で400万円くらいかかる。
最上天晴
最上天晴
それはまたかなりの学費ですね…、
木下威征
木下威征
父は、学費は出せるが払わないと。
「お前は金の価値が全然わかっていない。それくらい自分で工面できないでどうする。自分のために本気で動け」と、そういう意味でした。
最上天晴
最上天晴
厳しいけれど、愛情を感じるアドバイスですね。
木下威征
木下威征
自分でも働きましたが、入学するまでには金額も時間も足りない。すると、暴走族時代の仲間たちが、この金を使ってくれ、とまとまった額を持ってきてくれたんですよ。
バイトや仕事でちゃんと稼いだお金です。そのお金が足せたからこそ、辻調理師専門学校に入学できた。

自分を導いてくれた財産は人との出会い

最上天晴
最上天晴
専門学校は首席で卒業されたとお聞きしました。
木下威征
木下威征
最初はビリですよ。それまで、学校なんてかったるかったら行かなきゃいいと考えていたようなヤツでしたが、初めて仲間が自分のために稼いでくれたお金の助けもあって入学した学校なので、もったいなくてサボったりできない。
授業ではいつも先頭の席に陣取って、わからないなりに必死に学ぼうとしていました。
最上天晴
最上天晴
そこから成績が伸びていったのですね。
木下威征
木下威征
どんどん料理というものがおもしろくなって、興味もわいていったからだと思います。
実は、トップになれば奨学金がもらえて、400万円ほど戻ってくるというのも励みになった。仲間たちにもお金を返せるわけですよ。
最上天晴
最上天晴
そんなシステムが。
木下威征
木下威征
最終的には本当にトップになって、卒業時にMVPに選ばれて。お金も返せました。
改めて、お金のありがたみというか、自分が稼いだ金を人のために使うというのが、どれだけその相手にエネルギーを与えるかを、体感として知りましたね。
最上天晴
最上天晴
その後、フランス校で学び、フランスの三ツ星レストランで修行して帰国された。
木下威征
木下威征
フランス校でも、トップなら三ツ星、それ以外は二ツ星とか一ツ星での修行という感じで振り分けられるんですよ。
MVPで三ツ星で修行できるってことは、けっこうできるヤツだなとか自分でも思って帰ってきた。天狗になってるところは正直ありましたね(苦笑)。
最上天晴
最上天晴
帰国後に何かあったんですか。
木下威征
木下威征
戻ってきて働いた最初のお店には、前MVPの先輩が在籍していたんです。その人に「お前くらいの料理人、この店にはゴロゴロいるぞ」と諭されまして。
実際、その先輩は仕事もできたし、本当に教わる部分が大きかった。
最上天晴
最上天晴
具体的にはどんなことを教わったのですか。
木下威征
木下威征
僕は当時、料理だけはできたけど、ワインのこともチーズのこともデザートのことも知らない状態でした。
それを間近で見ていた先輩に、しばらくホールに出てみろとアドバイスされたんですよ。すごい勉強になるぞと。
最上天晴
最上天晴
料理人としては抵抗があったのでは…。
木下威征
木下威征
それはね、やっぱりおもしろくないですよ料理してないと(苦笑)。ただ運んでるだけですから。でもお店のマネージャーが素敵な方で、その人が説明すると、ワインが飛ぶように出るような人。お客様の笑顔も輝いて見える。その方に相談しました。
最上天晴
最上天晴
殻にこもらず、どんどん周囲の方にアプローチしていく姿勢はさすがです。
木下威征
木下威征
自信がないからうまくお客様と話せない、もっとワインを勉強したいと。すると、朝6時に来いと。夜中まで働いてるのに、朝6時です。
でもその方も毎日、根気よく教えてくれました。おかげで、ソムリエの試験にも1発で合格できました。
最上天晴
最上天晴
おお、素晴らしい。
木下威征
木下威征
調子に乗って訊かれてもいないのに、日本屈指のソムリエの方に向かって勝手に説明しちゃったりしましたけどね(苦笑)。
でもその方が逆におもしろがって、フランス旅行に連れて行ってくれたり。
最上天晴
最上天晴
幸運な出会いになったのですね。
木下威征
木下威征
ワインのボトルの背後に風景を見せられるソムリエが一流だと。
どういう場所で育って、どういう条件だからこの味になったか、そのストーリーを説明できる方がいいんだよ、と教えてもらって。
旅の経験を踏まえて嬉しそうにお客様に話すと、またおもしろがってくれる方も出てくる。そういう連続でしたね。
最上天晴
最上天晴
ちなみにそのお店の給与事情はどうだったんですか。
木下威征
木下威征
会社の用意した寮というかアパートの家賃なんかが天引きされて、手元に7万円くらい残る、そういう感じでした。
残り2万円くらいになると、パチンコとか競馬に行ってまた7万円に戻す、その繰り返し。
最上天晴
最上天晴
戻せる、というのもすごい才能ですね(笑)。
木下威征
木下威征
でもやっぱりそんなにいつもうまくいくわけではないんですよね。ちょうど子どもが生まれたりして、小遣い制になると、いきなり月2万円から。不思議なもので、そうするとパチンコでも急に勝てなくなっちゃう。
最上天晴
最上天晴
なんとなくわかります(笑)。そこから「オーバカナル」にオープニングスタッフとして参加していくことになるのですね。

店の継続に必要なのは、決してお金だけではない

木下威征
木下威征
最初のお店では、育ててくれた恩人もいますし、とにかくいろいろな方にお世話になりましたから、辞める決断は迷いました。
でも、オーナーはじめ、最終的に応援してくれる方々に背中を押してもらった形です。
最上天晴
最上天晴
「オーバカナル」では師匠との出会いがあったんですよね。
木下威征
木下威征
参加してみるとみんながフランス帰りの幹部候補でキャリアもあって、まあいちばんペーペーでしたね。でも、師匠が気に入ってくれて。
その頃には、同期と一緒にいるより、先輩たちと一緒にいる方が、勉強になるなと感じるようになってました。
最上天晴
最上天晴
世の中、できる人たちと一緒にいた方がいいですもんね。
木下威征
木下威征
生まれて初めて、すきやばし次郎とか銀座久兵衛とか連れていってもらって。
「とにかく食べなきゃわからないから、最上級を自分の舌で知っておけ」という教えでした。
「金がないならあるヤツに出してもらえ。うまいものでも食わしてやろうか、という気にさせる人間でいろ」ということでもあったんだろうと思います。
最上天晴
最上天晴
なんとも深みのある言葉ですね。そんな師匠の下で5年働いて、そこから白金にある業界人御用達の「M」で料理長になられた。
木下威征
木下威征
シェフというか…最初はバーでの売上がメインで、用意された調理器が電磁調理器ひとつという状態でしたけどね(苦笑)。でも工夫しながら料理を出し続けて、だんだん話題にもなって。
ちゃんと食事で人を呼べるようになっていきました。もちろん待遇も良くなり、給料も上がって、どこかそれで満足してしまっていた部分に、あるとき気づいた。
最上天晴
最上天晴
料理人たるもの、オーナーシェフとして店を構えたいと。
木下威征
木下威征
本当の意味できちんと独立するまでには「オー・ギャマン・ド・トキオ」オープンからさらに数年かかったんですけどね。東日本の震災なども影響して、最初に開店資金を用意してくれた経営陣と険悪な関係になったり。今はなんとか和解できたかな、という状態ですが。
最上天晴
最上天晴
シェフのような、先輩に気に入られ、後輩に慕われる方でも、一時的にであっても人間関係を険悪にしてしまうことがあるのですね。
木下威征
木下威征
当然ありますよ。でも、筋だけはきちんと通し続けていれば、いずれはたがいに和解できるタイミングも訪れるんだと思います。
すっかり嫌われた、怒らせたなあ、という相手でも、お世話になった方であれば、年に一度は氷結をかついで挨拶しに顔を出す、とか。
最上天晴
最上天晴
筋を通すこと、ですか。
木下威征
木下威征
毎月、どんどん飲食店が生まれていますが、本当にごくわずか、1%ほどだけが残っていくわけです。お店を継続させるために必要なものは、決してお金だけではない。
最上天晴
最上天晴
お金は前提条件のひとつでしかないと。
木下威征
木下威征
むしろ、より大切なものがあるのだと思います。仲間や精神力もそうだし、筋を通すこともそのひとつ。
それを忘れずにいれば、応援してくれる方は、必ず現れると思います。知らないところで自分を支えてくれている人だって、きっといます。
最上天晴
最上天晴
木下シェフにとって、お金とはどんな存在ですか。
木下威征
木下威征
お金によって幸せにもなるし、酷い目にもあう。そう考えると怖い存在ですね。友だちにはなりたいけど、近すぎると怖い。
よく、友人たちとは、みんなで小金持ちがいいな、とか話すんですよ(笑)。
最上天晴
最上天晴
大金持ちではなく?
木下威征
木下威征
みんなで苦労して、みんなで良い生活しようと。大好きな仲間と大好きな仕事をして、関わったみんなが幸せになれればそれでいい。
神社でお賽銭投げるときは、僕の家族と社員、周りのみんなが幸せになりますようにと願うことにしています。で、ついでにちょっとだけオレが優位でありますようにと(笑)。ほんのちょっとの優越感が人を幸せにするんですよ。
最上天晴
最上天晴
それはかなりの名言だと思います(笑)。
サイフの中身、拝見!

「ふだんの用事なら、だいたいカードで済むので、現金は3万円くらいしか持ち歩かないですね。今日はたまたま多め」と木下シェフ。その理由は「自分がお小遣いを渡すべき立場になっちゃってる。そういう相手に会う約束があったりすると、多めの現金を用意しておきます」とのこと。取材日には、ご実家のお母さんに会う予定があるためだという。

プロフィール

木下威征(きのした・たけまさ)1972年生まれ、東京出身。辻調理師専門学校を首席で92年に卒業後、フランスの三ツ星レストランなどで研鑽を積む。帰国後、フレンチレストラン「オーバカナル」などで腕を磨き、26歳より白金の路面店で料理長を務める。2008年に独立し「オー・ギャマン・ド・トキオ」をオーナーシェフとして開店。現在、株式会社T.K-BLOCKS代表取締役社長として、都心部にレストラン4店舗と洋菓子店、沖縄・宮古島でのホテル事業を展開。テレビ出演やレシピ本の執筆、企業向け商品開発プロデュースなど、食にまつわる幅広い領域で活躍を続けている。

現在は「宮古島グラン ブルー ギャマン」を中心に活動中。
宮古島グラン ブルー ギャマン公式ページ

執筆者プロフィール

最上天晴(さいじょう・あっぱれ)
2012年に株式会社GVのメディアディレクターに就任。
ユーザーファーストなお金のWEBメデイアとして「まねーぶ」を2018年に立ち上げる。
電子マネー、クレジットカードの情報を”とことん”分かりやすく発信します。
専門家プロファイルで「クレジットカードの専門家」としても活躍中


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