人生100年時代、ライフシフトへのリスク戦略

「人生100年」は2017年の流行語大賞にもノミネートされた言葉だが、人生100年に関連して「ライフシフト」の認知度も高まってきた。
長寿化によって人生のステージが多層的になるというライフシフトの中で、次々と対応が迫られるステージ転換に対し、我々にはどのような対応と戦略が必要なのだろうか?
人生のライフシフトの各ステージに関連するリスクからまず整理してみた。

「ライフシフト」の衝撃

斬新な「ワーク・シフト」で知られリンダ・グラットンの新作「ライフシフト」は「100年時代の人生戦略」という副題を持つ文字通り人生100年に向けた戦略をテーマにした作品として、ベストセラーになっている。

著者の考えは「長寿化進行で、人が100年以上生きる時代には従来の定型的かつ一直線の人生から『マルチステージ』の人生に変わり、対応にはリタイア以降の金融資産準備に加えて、各個人のスキル、健康、多様で広範な人間関係構築等の『通常明示されない資産』をどの様に準備するかが問題だ」と要約できる。

標準実施モデルが(ほとんど)ない為、新しい生き方、長くなった人生の各ステージには柔軟な対応が求められる。
主体性、独自性(個性)を築きながら、自らの人生をどう計画するかが本書のテーマで、時代の変容が求める生き方に「有形・無形の保有資産の重要性が増し、人間関係構築も併せた人生のケーススタディー」を示しながら「人生に必要な(広義の)資産」と「自分は何を大切に生きるべきか」をライフシフトは問う。

著者リンダ・グラットンは、ロンドン・ビジネススクール教授で、世界の経営思想家ランキングの常連である人材・組織論の権威だ。(世界で最も権威ある「Thinkers50」ランキングの常連)

ライフシフトの主な内容

  • これまで多くの人々は「①学校教育→②仕事→③引退(余生)」という単純かつ直線的なステージの人生を歩んでいた。だが、長寿化で70代、80代まで働くという長い勤労ステージ期間に変わり、就職→引退というステージ移行を複数回経験する「マルチステージ」人生の時代に変化した。
  • 長寿化による「マルチステージに対応した人生の選択肢は多様化し、必然的に各ステージ用の計画立案が求められる。
  • 有形の金融資産と、見えない資産(家族・友人との関係、知識、健康等)双方のバランスが重要性だ。
  • 見えない資産は「生産性資産」、「活力資産」、「変身資産」の3つに大別でき、これらの資産形成を進め、自分の価値を高めてゆくことが人生100年時代に求められている。
  • 長寿化の問題は、医療費や年金問題だけではない。健康に生きることを重視し、従来の「老い」の概念を変え、リタイア前に、長い人生全体の設計を開始することが重要。
  • 定型的な生き方に決別し、一生涯「変身」し続ける意思と、キャリアやパートナーシップについて、マルチステージに対応した柔軟な考えを持つ様にすべき。

この様に「ライフシフト」では、多数・多様なステージに向けて各人が異なる対応を求められるため、アイデンティティの確立(各人の個性、主体性、独自性)が、長寿社会に必要という思想が強調されている。

また、有意義な人生に必須である良好な人間関係や幅広い知識、各人の健康は金銭的資産の形成を支援する要素であるので、相乗効果を意識しつつ有形・無形両資産の保有バランスを維持して、環境の変化に対応すべきという。
(AIの普及による社会の変化、遺伝子治療等の医療の変革に対応した知識、対応等)

では、こうしたマルチステージ化する人生に対応した資産戦略はどうあるべきだろう?

人生100年時代に必要なインフレ対策

現代は、医療技術に加え、栄養、衛生も含めた進歩から平均寿命、健康寿命は相当に延びている。
このため生活資金等を長寿化に対応するため「貯蓄率向上」「勤労期間の長期化」等の新たな対応も迫られる。

AIとロボット普及等で、従来型の高スキル労働者(弁護士、会計士等)まで代替される可能性の一方、人間関係を必要とする新しい雇用も生まれそうだ。(伝統文化等の無形知識教育、地域や階層を越えた多様な人間関係構築支援、趣味等コミュニティの構築・運営支援等)
こうした人生100年時代の多様なステージへの対応には、必然的により多様なリスク対応も迫られる。
そんな長い人生を待つリスクはどんなものだろうか。

インフレリスク

今後のインフレは、過去に発生した第二次大戦終戦後の極端な物資不足と通貨切り替えによるインフレやオイルショック時の輸入ショックインフレとは性質が異なるかも知れない。
インフレ対策も、人生のステージによって対応費用等を区分する必要がありそうだ。(過去のインフレではほとんど全分野で価格が上昇した)
複数のインフレは、その原因が一つではないことで起こる。

  • 従来型インフレ

    円安によるインフレは、輸入品の上昇から生まれるもので、エネルギー価格や食料品、その他輸入原材料が高騰すれば、いずれは価格転嫁され物価が上昇する。(景気拡大等の需要増加によるは、人口減少傾向が続く限り、需要増による消費者物価上昇の可能性は低い)今後警戒するべきなのは、極端な円安によるインフレ発生だろう。

    最近は、1ドル120円超の円安には、貿易不均衡を問題視する米国の圧力や日銀等金融当局の姿勢等により一定の歯止めがかかっていたが、仮になんらかのきっかけで日本の長期間続くプライマリバランス不均衡と財政不安がグローバルな金融市場のテーマとなった場合、財政維持の基礎となる日本国債の引き受け困難や、金利上昇、投機的な円売りが同時に発生し、大幅な物価上昇に直結する円安発生の可能性がある。

  • 人手不足によるインフレ

    今後の発生可能性が高いのは、すでに影響が顕在化しつつある人手不足によるインフレだ。
    宅配便価格上昇はその典型的な一例だが、介護費用や建設価格など様々な分野でその兆しが見え始めている。

  • 需要減少によるインフレ

    次に、少子高齢化がさらに進んだ結果、特定の世代特有の需要が急減し、最初は価格が下落するが、やがて需要減少後に残った物品・サービスの希少性から価格が上昇するケースが考えられる。

    具体的には、高齢者利用が多い物品やサービスでは、郵便料金(若者世代の利用は少なく、ダイレクトメールなども将来的にはネットに転嫁しそうだ)、理髪店利用、新聞宅配、筆記用具、逆に若年層の利用分野で、自動車運転教習所、書籍購入費用、高等教育費用等が、利用者が激減することで、一時的な混乱後に価格高騰の可能性が指摘されている。

    少し極端な話かもしれないが、買い物やサービス購入への現金利用も、キャッシュレス化進展で現金利用しか手段がない場合には、手数料等が発生する可能性もある。(既にこうした需要転換から価格上昇が起こった例としては、フィルムカメラ関連支出がある。デジタルカメラの普及とスマホカメラの高機能化で、フィルムカメラ(デジカメにない味わいから一部若者に利用が増加)利用には撮影機材だけでなく、フィルムや現像料なども最安時の数倍以上の支出が現在必要だ。

この他、生活必要品(日用品)物価上昇、耐久消費財価格上昇、不定期・臨時費用高騰リスク、衛生関連費用上昇リスクなど、それぞれに発生理由と対応策が異なるインフレリスクが予想される。

介護費用リスク

これからの高齢者にとって、介護費用リスクはその大きさや発生可能性が予測し難いリスクだ。

政府は、これまでの傾向と人口動態予測で、逐次介護保険料を改訂(値上げ)しているが、保険料試算の前提条件は、生命保険や自動車保険等の既存保険の料率計算に比べると(政治的な理由もあるかも知れないが)非常に楽観的かつ簡素な計算によって算出されている。

例えば、少子化等による人件費高騰や、人口構成の急激な変化(高齢化率の上昇)に伴う設備等インフラ不足、対応従事者の地域的なアンバランス等による局部的な費用増加はほとんど考慮されておらず、一方でロボット代替や規制撤廃による海外等からの参入等による費用軽減可能性も(当然ながら)考慮されていない。
将来的な自らの介護費用発生確率把握は困難だが、少なくとも必要費用の急激な変動可能性は考慮したい。

重大疾病リスク

最近の生命保険、医療保険の加入動機は多くが、ガンや重大疾病の治療費等への対応と言われている。
だが、ガン対策も含め急速な医療技術の進歩は予想外に早い段階で実現し、初期には高額な先進的治療費用も、長期的には軽減される可能性も十分ある。

現実問題として、現役世代に限らず今後重大疾病に多額の預金や医療保険等への加入必要性はかなり低くなる可能性が考えられ、決して小さくない当該保険料負担と加入必要性のバランスが、今後問われるのではないかと思われる。

資産減少リスク

従来型の資産減少は、保有資産の焼失(滅失)や、盗難、横領等の既存保険の対象となっているリスクがほとんどだった。
だが、今後は、いくつかの資産について、火災保険や住宅総合等の従来型保険だけでは対応しきれない減少リスクの発生可能性が高まっている。

  • 不動産の資産価値減少リスク

    日本においては、急速に少子高齢化が進行しており、何らかのきっかけでバブル期とは反対に不動産価格の下落、急激な価格崩壊が起こる可能性が指摘されている。
    かつては、証券・預金・不動産の「財産3分割」が望ましいと言われていたが、不動産価格が右肩上がりに上昇する時代は既に過ぎ、今後金融資産と同様に不動産価格(価値)については保有資産減少の可能性も想定したい。

  • 電磁記録資産の滅失リスク

    超大型太陽フレアなどが発生すれば、世界中の電子機器類の損傷や磁気記録データの消滅が心配されている。損害は、航空機の墜落等の交通関係における大損害や電力等インフラ等に及ぶや銀行システム等世界中に混乱と災害が起きると言われている。

    もっとも、発生確率は非常に小さく、金融機関などの企業等の電磁記録にはかなり強固な防護措置とバックアップがあり、一時的な混乱はあっても、全ての記録が消滅する可能性は低いと言われる。

    だが、個人レベルのリスクは大きい。
    次第に進むキャッシュレス化につれ、デビットカードやプリペイドカード等の電磁記録式媒体の残高が消えてしまう可能性は日常的に発生している。また、仮想通貨などは資産そのものが電子化プログラムであり、アドレスや秘密鍵の復元できなければ、資産は行方不明となる。(影響範囲は限定的だが、億円単位の損害発生も珍しくない)

    公的記録がある土地等有形固定資産と異なり、今後は、ネット銀行や証券も含め、キャッシュレス化の進展で、個人が電子記録を安全に保管しない限り、将来的に電子記録資産の滅失危険は増大するだろう。

  • 新種の高度な詐欺被害リスク

    「オレオレ詐欺」の被害は形を変えて継続し、被害額も増加傾向にあるようだ。
    今後、キャッシュレス化やフィンテック進展で金融資産の保有形態はさらに複雑・多様化し、現段階では思いつかないような巧妙で斬新な詐欺の手口が出てくるかもしれない。

    例えば、「AIスピーカーが誤送金したので、組戻し処理のためID、パスワードを教えて欲しい(近似事例は既に発生している)」や「未上場の仮想通貨が安く買える」、「入金済みのプリペイドカードが割安に買える」等々、様々な新手口にすべて対応できるかは疑問で、特に高速で手数料の無い送金の普及が進めば、被害の追跡は難しく、少額詐欺を多数繰り返す手口などの完全防止は困難かも知れない。
    自分の知らない情報は第三者等に再確認する等の自衛手段がさらに必要だろう。

長生きリスクとは、資産減少のリスク

これからの長い人生には、ここまで考えてきた事項の他にも、現時点で予測困難である様々なリスクがあるだろう。

最大の問題は、多様なリスクに対応すべき資産が十分あるかという点だろう。
「十分なお金があれば、人生のほとんどの問題は解決出来る」と、家計簿ソフト「マネーフォワード」のマネーフォワード社を共同創業した瀧氏も述べている。
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確かに、長生きリスクに対応する方策の大半は、十分な資産(無形資産も含む)があれば解決可能かも知れない。
現代は、これまで以上に長期的な資産形成が求められる時代なのだろう。

執筆者

和気 厚至
和気 厚至

慶應義塾大学卒業後、損害共済・民間損保で長年勤務し、資金運用担当者や決済責任者等で10年以上数百億円に及ぶ法人資産の単独資金運用(最終決裁)等を行っていた。現在は、ゲームシナリオ作成や、生命科学研究、バンド活動、天体観測、登山等の趣味を行いつつ、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れた株式・為替・債券・仮想通貨等での資産運用を行い、日々実益を出している。


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